お出かけ好き

お出かけや食べ歩いた記録をおもに

愛宕神社の出世の石段を登りました。

息子とせっかく新橋まで

行ったので

出世の石段を登り

愛宕神社をお参りしました。

 

愛宕神社

東京都港区愛宕1-5-3

 

JR「新橋駅」

より徒歩20分

日比谷線神谷町駅
より徒歩5分
銀座線「虎ノ門駅
より徒歩8分
都営三田線御成門駅
より徒歩8分

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時は寛永11年、江戸三代将軍家光公が将軍家の菩提寺である芝の増上寺

ご参詣のお帰りに、ここ愛宕神社

下を通りました。

折しも春、愛宕山には

源平の梅が満開。

家光公は、その梅を目にされ、

「誰か、馬にてあの梅を取って参れ!」と命ぜられました。

しかしこの愛宕山の石段は

とても急勾配。

歩いてのぼり降りをするのすら、

ちょっと勇気が必要なのに、

馬でこの石段をのぼって

梅を取ってくることなど、

とてもできそうにありません。

下手すれば、よくて重傷、

悪ければ命を落としそう。

家臣たちは、みな一様に

下を向いております。

家光公は、みるみる機嫌が悪くなり、

もう少したてば、怒りバクハツ!

というそのときに、

この石段をパカッ、パカッ、パカッ

とのぼりはじめた者がおりました。

家光公。その者の顔に

見覚えがありません。

「あの者は誰だ」
近習の臣に知る者はありません。
「おそれながら」
「おう」
「あの者は四国丸亀藩の家臣で

曲垣平九郎(まがき・へいくろう)

と申す者でございます」
「そうか。この泰平の世に

馬術の稽古怠りなきこと、

まことにあっぱれである」

平九郎は見事、山上の梅を手折り、

馬にて石段をのぼり降りし、

家光公に梅を献上いたしました。
平九郎は家光公より

「日本一の馬術の名人」

と讃えられ、

その名は一日にして

全国にとどろいたと

伝えられております。


平九朗が家光公に献上した

と言われる梅の木
この故事にちなみ、

愛宕神社正面の坂(男坂)を

「出世の石段」と呼び、

毎日多くの方が、

この男坂の出世の石段を登って神社にお参りにみえております


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社会人2年目の息子に、

石段を駆け登り

神様に

社長になる!

って宣言してこい

って、背中を押し

 

自分は、

ぜーぜー(´□`;)

休み休み😣

出世に関係無い歳だし

まあいいか😅

 

10年後か20年後か30年後に、

御礼参りに来れるでしょうか

楽しみぃ